色は……黒色が少し多いくらいか。六割くらい。
つまり四割ぐらいは自分から好きで闘技者になっているということになる。
決闘好きのヒトは存外に多いということだ。
「つまんねえよなあ」
獣人の男は再度口を開いた。
俺はなんとなくその続きが気になった。
「何が?」
俺の質問に、「本気で言ってるのか?」と笑いながら男は言った。そして同類を見るような眼で俺を見た。
「お前ならわかるだろ? アビリティを持たない奴が、鉄の塊を一生懸命ぶつけあってるのがどれだけ滑稽に見えるかがよ」
男の言葉に、周囲から音が消えた。
一気に男に剣呑な視線が向けられるが、男は一向に意に介した様子もなく続ける。
「弱い奴見てると、殺したくなるぜ」
言って、周囲を
周囲の男たちは、手首に白の『アビリティ
男の手には、黒の『アビリティ
こいつは、特殊囚人闘技者として、どれほどの期間生き残っているのだろうか。
ふと気になったが、聞いたら馬鹿にされそうなので黙っておくことにした。
「……」
やっぱ気になるので、それとなく聞いてみよう。
「ここにきて長いのか?」
「ああ?」
「囚人闘技者になってから」
「はっ、そろそろ二年が経つかな」
「へえ」
言いつつ、俺は戦慄を覚えていた。こいつは、あの別格といわれる特殊囚人闘技者の中でも、さらに格別に強い闘技者ということだ。
「不安か? 生き残れるかがよ」
「そういうんじゃない」
それとなく聞いたつもりだったが、見事に図星を突かれた。少しはこいつもツルリを見習ってほしい。むしろツルリの爪の垢を煎じて飲んでほしい。
「まあ、戦いが始まれば一瞬さ」
「……決着が?」
「理性が飛ぶのがだよ。楽しくてしょうがなくて、しょうもない考えは吹き飛ぶってことさ」
長い舌をだらりと垂らし、愉快そうに男は言い放った。
なんという強者の言い分。強者にのみ許された発言。
自分がどれほど不遜でイカれた言葉を放っているか、こいつはそれを分かっている。
腹立たしいが、言い返す言葉は見つからなかった。
というより、こいつの感覚が俺には理解できなかった。
懸け好き傭兵が、特殊囚人闘技者を化け物だと称していたのは、こういうところなのかもしれない。
だが、俺だってやられるつもりはない。
勝って、生き残って、いつかこの地獄から抜け出してやる。
そして……俺を嵌めたプルマンをブッ飛ばすのだ。
未だ心臓が痛いくらいに緊張してるし、脚どころか体全体が震えているような感覚はある。
だが、傭兵のころに感じていた戦いの前の高揚感が少しだけ湧いてくる。下腹部がカッと熱くなり、手足の指先にまで神経が行き渡るあの感じ。
俺の気合の入った表情を見て、獣人は口を歪めて笑った。
「お前もそういう経験あるだろ?」
「記憶にないな」
「ははっ、記憶力悪いんだな」
「言ってろ」
「クハハッ!」
男は俺の態度に腹を立てる様子など全く見せず、本当にただおかしそうに笑った。
なんというか、相手として見られていない感覚がした。俺を小動物か何かだと思っているようだ。小動物には、何をされても大して感情が動かない。なぜなら、殺そうと思えばいつでも殺せるから。
これまた腹立たしいが、実際、アビリティを使えない俺とはそのくらいの実力差があるのだろう。
ただ一つだけ言わせてもらいたい。
狼だって、元を
「戦いは楽しい」
男は心から漏れ出たような声音で言って、俺を見た。
返答を求められている。
……しょうがない。
「……時と場合による」
「カハハッ! そうかい」
俺の言った言葉は本心だ。男に好かれようと思ったわけじゃない。
男として、同性を屈服させる感覚に快感がないと言えば嘘になる。
しかしそれは、理性をなくして相手を
俺はアビリティを使いこなせるようになっても、この男のようにはならない。
時が過ぎていく。
眼下では、闘技場フィールドで闘技者同士が戦っている。その激しさを物語るように、地面が抉れ、砂が巻き荒れている。
砂――。
闘技場という閉鎖空間――。
砂時計――。
ふと、砂時計の砂が、サラサラと下に流れていくイメージが浮かんだ。
砂はもうほとんどが下へと
何の暗示か考えようとして、すぐにやめた。
どうせ
「スレイ」
すべての砂が流れ落ちようとしたとき、看守が俺を呼ぶ声が聞こえた。
砂時計の残り数粒が静かに、細い管を流れ落ちていこうとする。
関係ない――。
俺は頭の中で、その砂時計を叩き壊した。
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