ぽつりと呟く。
俺の特殊囚人闘技者としてのデビュー戦。
それが栄えあるものになるかどうかは俺次第……いや、ほとんど運次第だろう。
不幸中の幸いで、それほど強くない奴が相手だったら本当に嬉しいのだが。
……。
俺は手を組んだ。
「俺の日々の善行よ、今こそ我に生き残るチャンスを与えたまえ……!」
とか言って祈ってみる。ははっ。
こうやって口だけでもふざけたりしないと、精神が崩壊しそうだ。
昨日から心臓の鼓動が凄い。心臓が全身に血を巡らせるポンプの役割を果たしているんだなあ、としみじみ思うくらいには激しい。
「どうした? いらないのかい?」
「ん、ああ、わりい、ぼーっとしてた」
「そうかい」
「美味そうだなあ、これ何入ってんの?」
「次が
「……」
がたいのいいおばちゃんとの会話は、二往復もせずに終わりを告げた。
ここは食堂。普通と違うのは、食事してる奴らの服装が揃いも揃って、白と黒の横縞模様なところだ。色彩過多な首都エゴーの景色を連日見てきたせいか、その光景を見て少し落ち着くのは誰から送られた皮肉だろう。
少なくとも神でないことは確実だ。神が見てたらそもそも俺はこんなところにいないはずだからな。
恐らく邪な精神を持った邪精あたりだろう。ケッケッケッー♪とか笑っているに違いない。
実際にいるかは知らん。
ちらほらとだが、手首に腕輪を嵌めた奴が見受けられる。
そう、例の『アビリティ
今ここで食事してる奴らの中に、明日の対戦相手がいるかもしれないってわけだ。……くくく、いいねえ、オラわくわくしてきたぞっ!
嘘だが。
バクバクうまうまっ、ぺろりんちょ♪
なんて食が進むわけもなく、俺は支給された食事をもそもそと
ちなみに食事メニューは、意外にも色彩豊かだった。
……おのれ、ここであったが百年目っ!今こそあのときの復讐を果たさん!
首都エゴーの街並みが脳裏に蘇り、すぅっとナイフをちらつかせる。食べ物に……。
馬鹿な真似を止めて、食事を再開する。
いや、この色彩の豊かさは目に優しい。それに、健康に気を使ったメニューだと一目でわかって嬉しい。
「腐っても闘技者。体が資本ってことか」
「景気悪そうな顔してんなオイ」
ん?
振り向くと、ドワーフの男が俺に話しかけていた。髪と
ちらっ、とな。
男の腕にそれとなく視線をやる。……腕輪は付けてない。ならこいつは、普通の囚人闘技者か。
どこか安心したような、あるいは期待外れのような気持ちが胸中に広がる。
にしても……コイツ景気なんて言ったな。
だが。
そもそもここに景気なんて関係あんのか? 刑期なら大いに関係あるだろうが……あれ?そういや、俺って刑期どんくらいだ?裁判所みたいなとこで判決下されたときに聞いた覚えがない。
変だな。
何か……嫌な予感が身体の上から下に滴り落ちた。それは下腹部あたりで止まった。
「おい、聞いてんのかよ」
「けーき」
「あ? ケーキ? デザートでたまに出るよ。それがどうかしたか?」
「食べたい」
「今日はないな。デザートはたまにしか出ねえよ、残念だったな」
「……え?」
「え?」
無意識に会話の応酬が成立していたらしい。さっきのおばちゃんとは大違いだ。俺はうわの空で返事していたことを
「刑期……罪を償う期間のことだ」
「えっ? ……ああ、そういうことか! ん~刑期なんて人それぞれだろ……っていうか俺の話聞いてたか?」
「俺の目を見たらわかるだろ?」
「聞いてたって言いたいのか? ふざけた奴だ」
「聞いてなかった」
「ブッ飛ばすぞ!」
やおら椅子を蹴って立ち上がるのを、俺はぼぅっと眺めた。立ってもいいが、刑期のことが気になる。早く話せ。
「どうなんだ?」
「こっちのセリフだよ舐めてんのか!?」
「落ち着け、嫌いな食い物があったなら食べてやるから」
「全部食うよ!」
「なら座れ。ここは食事するところだ」
「……っち!」
俺の話術に言いくるめられたのか、男は椅子を拾って座りなおした。
俺はその様子を眺めながら思う。
……こいつチョロイな、と。
もしこいつが女だったら、
おい、コンマで区切るなと言った奴、表に出ろ。
戦いではコンマ数秒単位の挙動が生死を分けるんだ。そこんところ理解させてやるよ。あん?
「気を付けるんだな」
「うるせえ」
こちらの意図など
「お前新入りだよな」
「だったらどうした」
お? 噂の新人いびりか? 上等じゃねえか。
だが、俺の考えは違ったらしい。モジャ男は首を横に振っている。
「勘違いすんな。俺はただ新入りと親睦を深めようとしただけさ。それに……」
モジャ男は俺の手首に視線を寄越した。
「アビリティ持ちに喧嘩売るほど、俺は馬鹿じゃねえ」
「なるほどな」
俺は自分のアビリティ全然把握してないけど、それとなく胸を張って王者の風格を
「俺はツルリってんだ。アンタは?」
ぶぱっしゃあっ!
俺は口内で咀嚼していた食物を、光を怯えさせるほどの速さで噴き出した。口といわず鼻からも食物が飛び出る。目からも飛び出しそうになるくらいだった。
そんなにモジャモジャで!? モジャ男って
「うわっ、キタネッ! なにしてんだよ!」
「……ごほっごほっ!」
俺は咳を止めようと、必死に息を整える。
ちなみに知ってるか? 目と鼻は、目の内側にある
まあ、さすがに固形物は出ないだろうけど。ぐふっ。
「ったくなんなんだよ……」
咳き込んで喋れないので、無言で謝罪の意を示すために、不敵に笑ってみた。
「(ニヤ)ぶぴゅいっ!」
「だああっ!」
口の端からさらに食物が飛び出した。
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